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甘楽町の摩崖仏・三尊仏

(かんらまち まがいぶつ さんぞんぶつ)

甘楽町に息づく歴史と信仰の文化財めぐり

群馬県甘楽町には、長い歴史の中で育まれてきた石仏や天井画、堂宇建築など、貴重な文化財が数多く残されています。自然の岩壁に刻まれた摩崖仏や、色鮮やかな天井画、迫力ある龍の絵など、それぞれが地域の人々の信仰と深く結びつきながら大切に守り伝えられてきました。ここでは、甘楽町を代表する見どころをご紹介いたします。

長厳寺裏山の摩崖仏(甘楽町小幡)

摩崖仏とは、自然の岩壁をそのまま利用し、そこに仏や菩薩の姿を彫刻したものをいいます。人工の石材ではなく、山や崖の岩を直接彫り出している点が大きな特徴です。

甘楽町小幡の長厳寺裏山にある摩崖仏は、仏教彫刻に深い関心を抱いていた吉田文作氏が、還暦を迎える前に完成させたいとの思いから、昭和54年より6年の歳月をかけて彫り上げた大作です。その規模は高さ約10メートル、幅8メートル、奥行き2メートルにも及び、当時は日本一の大きさと称されました。

自然と一体となったその姿は圧巻であり、作者の強い信仰心と情熱が感じられる、甘楽町を代表する名所の一つです。

今宮寺の三尊仏

三尊仏とは、中央の主尊と、その左右に脇侍を配した三体一組の仏像形式を指します。阿弥陀三尊、釈迦三尊、薬師三尊など、さまざまな組み合わせがあり、三尊一体で祈願することでより大きなご利益があると信じられてきました。

今宮寺の三尊仏は、天引石と呼ばれる砂岩の一石に彫られた阿弥陀三尊仏で、高さ67cm、幅65cm、厚さ20cmの大きさがあります。中央に阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩が浮き彫りで表現されており、中世の阿弥陀信仰を伝える代表的な作風といえます。

風化に弱い石材のため損傷も見られますが、現在は堂内に安置され、大切に保存されています。甘楽町の石造文化を語るうえで欠かせない貴重な文化財です。

熊野堂の摩崖仏

通称熊野堂と呼ばれる場所には、凝灰岩に彫られた薬師如来坐像が安置されています。高さ55cm、幅44cmの像で、舟形光背を背負った姿が浮き彫りにされています。

頭部にわずかな欠損はあるものの保存状態は比較的良好で、江戸時代初期の作と推定されています。かつては熊野社があり、地域の人々はこの像を「おくまんさま」と呼び、春と秋に祭礼を行っていました。

今もなお、地域の信仰の歴史を静かに物語る存在として、多くの人々に親しまれています。

宝積寺開山堂の天井画

宝積寺は宝徳2年(1450)に小幡実高を中興開基として再興された曹洞宗の寺院です。開山堂は嘉永元年(1848)に完成し、その内部には見事な格天井(ごうてんじょう)が広がっています。

天井には56枚の小枠が組まれ、それぞれに花鳥や動物、想像上の生き物が彩色で描かれています。ユリやボタン、松に鶴、竹に雀、さらには鳳凰や麒麟、龍など、多彩な題材が生き生きと表現されています。

署名から、狩野派に連なる絵師による作品と考えられており、町内に残る極めて貴重な絵画資料です。歴史と芸術が融合した、後世に伝えるべき文化遺産といえるでしょう。

向陽寺本堂の龍の天井画

向陽寺本堂には、迫力ある三体の龍が天井に描かれています。中央の龍は大きな枠内に描かれ、水中から今まさに飛び立つ瞬間を表現しています。

東側と西側にもそれぞれ異なる構図の龍が描かれ、見る角度によって印象が変わる巧みな構成となっています。署名には「狩野探林門人 藤原守應筆」などとあり、狩野派の流れをくむ作品であることがわかります。

力強く躍動感あふれる龍の姿は、参拝者に強い印象を与え、寺院の荘厳な雰囲気を一層高めています。

Information

名称
甘楽町の摩崖仏・三尊仏
(かんらまち まがいぶつ さんぞんぶつ)

富岡・下仁田

群馬県