益子焼の土釜が旅情を演出
峠の釜めしの大きな特徴は、益子焼の土釜を弁当容器として使用していることです。土釜は直径約140mm、高さ約85mm、重量約725gで、栃木県益子町の窯元「つかもと」で製造されています。
釜の上部には茶色の釉薬が施され、「横川駅」「おぎのや」の文字が刻まれています。素焼きの蓋や包装紙、紐で結ばれた割り箸など、昔ながらのスタイルも峠の釜めしならではの魅力です。
食べ終わった後も楽しめる土釜
かつては食べ終わった土釜を家庭で再利用し、ご飯を炊くこともできると紹介されていました。しかし、現在は軽量化に伴う強度面への配慮から、直火での使用は推奨されていません。
一方で、植木鉢として利用できるよう、底に排水穴を開けやすい設計が施されています。また、不要になった土釜は店舗で回収され、再利用やリサイクルにも活用されています。
彩り豊かな具材と素朴で懐かしい味わい
土釜の中には、薄口醤油仕立てのだしで炊き上げた炊き込みご飯が詰められています。具材には、鶏肉、ささがきごぼう、しいたけ、筍、うずらの卵、グリーンピース、栗、杏、紅しょうがなどが使われ、彩り豊かに盛り付けられています。
さらに、きゅうり漬け、ごぼう漬け、小なす漬け、小梅漬け、わさび漬けなどの香の物が添えられるのも伝統的なスタイルです。
どこか家庭料理を思わせる素朴で滋味深い味わいは、旅の途中にほっとした気分を与えてくれます。土釜を開けたときの華やかな見た目と、具材それぞれの味わいを楽しめることも魅力です。
碓氷峠と横川駅から生まれた駅弁
峠の釜めしを生み出した荻野屋は、1885年(明治18年)に信越本線の横川駅前で創業しました。
横川駅と軽井沢駅の間にある碓氷峠は、鉄道にとって非常に急な勾配で知られていました。当時、列車は補助機関車の連結などのために横川駅で長時間停車しており、この停車時間が駅弁を販売する絶好の機会となっていました。
「温かい駅弁」という新しい発想
戦後になると、駅弁の内容が似通うようになり、新しい商品が求められるようになりました。そこで当時の4代目社長高見澤みねじは、利用客から寄せられた「温かく家庭的で楽しい弁当」という声に着目しました。
陶器製の土瓶から着想を得て、保温性に優れた土釜に入れた弁当を考案。1958年2月1日、横川駅で「峠の釜めし」が誕生しました。
当時としては画期的だった温かい駅弁は大きな反響を呼び、雑誌やテレビドラマなどでも紹介されるようになりました。こうして峠の釜めしは、横川を代表する駅弁から全国的に知られる商品へと成長していきました。
鉄道から自動車へ、販売の舞台を拡大
1960年代以降、自動車の普及によって駅弁を取り巻く環境が変化すると、荻野屋は新たな販売方法にも取り組みました。国道18号沿いにドライブインを開設し、鉄道を利用する人だけでなく、自動車で碓氷峠を訪れる観光客にも販売するようになりました。
1997年に北陸新幹線が開業し、横川~軽井沢間の鉄道路線が廃止された際にも、すでに駅以外での販売網を広げていたため、販売への影響を抑えることができました。
現在では、サービスエリアや新幹線のホームをはじめ、東京駅、上野駅、大宮駅など首都圏の主要駅、さらに全国の百貨店で開催される駅弁大会などでも販売されています。
時代に合わせて進化する峠の釜めし
長い歴史を持つ峠の釜めしですが、伝統を守るだけではなく、時代に合わせた商品展開も行われています。
近年では、漫画やアニメ作品とのコラボレーションも展開され、『頭文字D』や『鬼滅の刃』、『機関車トーマス』、『葬送のフリーレン』など、さまざまな作品をテーマにした限定掛け紙や特別仕様の釜めしが登場しました。
また、上越新幹線開業40周年記念版では釜の縁を緑色にするなど、昔ながらの駅弁文化を大切にしながら、新しい魅力も取り入れています。
長い歴史を刻む販売価格
峠の釜めしは、発売後も時代の変化に合わせて価格が改定されてきました。1960年には120円だった価格が、原材料費や社会情勢などの変化を受けて改定され、2024年には1,400円となっています。
価格が変化する一方で、旅の思い出とともに峠の釜めしを味わう文化は長く受け継がれています。
横川・碓氷峠観光とあわせて楽しむ
峠の釜めしは、安中市や横川周辺の観光とも深く結びついています。碓氷峠鉄道文化むらや碓氷峠の森公園交流館「峠の湯」などを訪れる際に味わえば、碓氷峠の鉄道史や地域の観光をより身近に感じられるでしょう。
かつて横川駅では、列車の発車時に駅弁の販売員が整列し、深々とお辞儀をして乗客を見送ったともいわれています。こうしたエピソードからも、駅弁販売を通じて旅人をもてなしてきた横川の温かな雰囲気を感じることができます。
安中市と鉄道文化を象徴する名物
峠の釜めしは、単なる駅弁にとどまらず、安中市の歴史や碓氷峠の鉄道文化、そして地域の観光を象徴する存在です。
益子焼の土釜に詰められた炊き込みご飯には、横川駅を行き交った多くの旅人の思い出が重ねられてきました。碓氷峠を越える旅とともに歩んできた峠の釜めしは、今もなお群馬を代表するご当地グルメの一つとして、多くの人々に親しまれています。