群馬県・四万温泉を代表する老舗旅館四万たむらは、室町時代の永禄6年(1563年)創業という、五百年を超える歴史を誇る温泉宿です。約10万坪にもおよぶ広大な敷地「たむらの森の楽養郷」の中に佇み、6つの自家源泉から毎分約1600リットルもの豊富な湯が湧き出る、北関東屈指の名湯宿として知られています。
四万温泉は「四万(よんまん)の病を癒す霊泉」と伝えられ、古くから湯治場として人々に親しまれてきました。入浴すれば肌にやさしく、飲泉すれば胃腸に良いとされるその湯を、源泉かけ流しで存分に楽しめるのが四万たむらの大きな魅力です。
四万たむらの歴史は、戦国時代にまでさかのぼります。永禄6年、岩櫃城落城の折にこの地へとどまった武将・田村甚五郎清政が、四万川の中から新たな源泉を発見し、湯宿を開いたのが始まりと伝えられています。これが現在の四万温泉繁栄の礎となりました。
江戸時代初期には、沼田領主・真田家を通じて「湯守」に任ぜられ、四万温泉の管理と発展を担う存在となります。天保5年(1834年)には母屋が格式高い向破風様式に改築され、現在もその堂々たる姿をとどめています。
四万たむらの象徴ともいえる入母屋造りの茅葺き屋根の玄関は、江戸時代の面影を今に伝える貴重な建築です。館内には、身分の高い客人が利用した「上段の間」や、その従者が控えた「中の間」も残されており、往時の格式と趣を感じることができます。
また、館内には仁王像や名匠による彫刻など、歴史的価値をもつ品々が大切に保存されています。こうした文化財的要素も、四万たむらならではの見どころです。
四万たむらでは、趣の異なる6種類の浴場を楽しむことができます。広々とした大浴場、風情ある露天風呂、渓流を望む湯処など、それぞれに異なる趣があり、まさに温泉三昧の滞在が叶います。
毎分1600リットルという豊富な湯量を誇る自家源泉かけ流しの湯は、四万の自然と調和しながら、訪れる人の心身をやさしく包み込みます。長期滞在の湯治文化を受け継ぎ、今もなお“滞在して癒す”温泉体験ができる宿です。
明治時代、12代目当主・田村茂三郎は慶應義塾で学び、福沢諭吉から直接教えを受けました。福沢の助言を受け、交通の重要性に着目した茂三郎は群馬自動車会社を設立し、渋川駅から四万温泉への定期バス路線を開設します。
当時、温泉地への移動は困難を伴うものでしたが、この取り組みによって四万温泉は再び活気を取り戻しました。四万たむらは、温泉地の発展にも大きく貢献してきたのです。
長い歴史の中で、四万たむらは多くの文化人や著名人に愛されてきました。歌人や詩人、画家などが滞在し、四万の自然や温泉の情景を作品に残しています。
与謝野晶子は四万の湯を詠み、斎藤茂吉や高村光太郎らもこの地を訪れました。また、俳優の児玉清も戦時中に疎開で滞在し、その後も深い縁を保ち続けたと伝えられています。四万たむらは、文化の薫り漂う宿でもあるのです。
四万温泉周辺は昭和24年に上信越高原国立公園に指定され、さらに昭和29年には全国で初めて国民保養温泉地の指定を受けました。豊かな自然と清らかな渓流に囲まれたこの地は、心と体を癒す保養地として高く評価されています。
その中心に位置する四万たむらは、温泉地の歴史とともに歩み続けてきました。時代が移り変わっても、人と人とのふれあいを大切にする湯治場のおもてなしの心は、今も変わることなく受け継がれています。
四万たむらは、単なる宿泊施設ではなく、四万温泉の歴史そのものを体感できる特別な場所です。豊富な源泉、格式ある建築、文化人に愛された背景、そしてあたたかなもてなし。
四万の自然に抱かれながら、五百年の歴史を感じる湯宿で過ごす時間は、きっと心に残る旅の思い出となることでしょう。