大塚温泉は、群馬県吾妻郡中之条町に位置する、自然豊かな里山にひっそりと湧く温泉です。かつては上野国と呼ばれた歴史ある地にあり、古くから湯治場として親しまれてまいりました。華やかな温泉街こそありませんが、一軒宿ならではの静けさと落ち着きがあり、心身をゆったりと癒やしたい方にふさわしい温泉地でございます。
大塚温泉の泉質はアルカリ性単純温泉(アルカリ性低張性低温泉)で、メタけい酸やメタほう酸を含んでおります。源泉温度は約34.2℃とやや低めで、「ぬる湯」として知られております。
刺激が少なく肌あたりがやわらかいため、長時間ゆったりと浸かることができるのが特徴です。慢性皮膚病や創傷、神経痛、神経炎、リウマチなどに良いとされ、古くから保養・療養の湯として利用されてきました。熱い湯が苦手な方や、ご高齢の方にも比較的入りやすい温泉でございます。
ぬるめの湯に時間をかけて浸かることで、体の芯からじんわりと温まり、湯上がり後も穏やかな温もりが続きます。都会の喧騒を離れ、静かな環境の中で心身を整えるひとときをお過ごしいただけます。
大塚温泉には温泉街はなく、一軒宿のみが営業しております。宿の前にはのどかな田園風景が広がり、背後には山が控える、自然に囲まれた穏やかな環境です。四季折々の景色を楽しみながら、静かな時間をお過ごしいただけます。
周辺は古くから豊かな猟場としても知られ、現在でも自然環境が色濃く残されています。そのため、アウトドア愛好家やハンターのベースキャンプとして利用されることもございます。自然との距離が近いことも、この温泉の大きな魅力のひとつでございます。
大塚温泉の歴史は古く、『温泉薬師延喜書』によれば、湯前薬師堂の創建は821年(弘仁12年)と伝えられております。一方で、1202年(建仁2年)創建とする異説もあり、いずれにしても非常に長い歴史を誇る温泉地でございます。
『上野志』や『上野風土記』には「尻高暖湯」との記述が見られ、戦国時代にはこの地を治めていた尻高氏との関わりがありました。1521年(大永元年)には尻高越前守が武運長久と国土安全を祈願し、薬師堂を再建したと伝えられています。
その後、1598年(天正17年)に真田信幸の家臣がこの地に移り住み、大塚宿として整備が進められました。足軽町や町人百姓町が形成され、一時は大変な賑わいを見せたといわれております。しかし、慶長年間の火災により宿場は全焼し、再建されることはありませんでした。
近代に入り、1917年(大正6年)には金井平八氏が温泉宿を営みましたが、湧出温度の低さから一度は断念されます。ところが1974年(昭和49年)、その孫にあたる方がボーリングにより豊富な湯量の確保に成功し、現在の温泉として再び息を吹き返しました。
大塚温泉には、ぬる湯となった由来を語る興味深い伝説がございます。
慶長年間、温泉が大いに繁盛していた頃、忙しさに疲れた宿の下女が、浴槽に馬の骨を投げ入れたと伝えられています。それを見た湯の守護神である湯前薬師が怒り、湯の温度を下げてしまった――という物語です。
この言い伝えは、温泉への感謝と敬意を忘れてはならないという教訓を今に伝えております。現在も「ぬる湯」として親しまれているのは、この伝説とともに語り継がれてきた歴史の証でもございます。
JR吾妻線中之条駅よりバスで約20分、「大塚」下車後、徒歩約10分で到着いたします。
関越自動車道渋川伊香保ICより約25分。のどかな山里の道を進むと、静かな温泉宿が姿を現します。
大塚温泉は、華やかさよりも静けさを大切にする温泉地でございます。ぬるめの湯に身を委ね、山里の自然を感じながらゆったりと過ごす時間は、現代の忙しい日常を忘れさせてくれることでしょう。
千年以上の歴史と伝説を宿すこの温泉は、派手さはなくとも、確かな魅力を持つ隠れた名湯です。保養や療養、静かな旅をお求めの方に、ぜひ一度訪れていただきたい温泉地でございます。