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栗生楽泉園歴史館

草津の地に刻まれた記憶をたどる

栗生楽泉園歴史館は、名湯として知られる草津温泉の東、標高約1,100メートルの高原に位置する学習・交流施設です。豊かな自然に囲まれたこの地は、かつてハンセン病と向き合いながら生きた人々の歴史が刻まれた場所でもあります。温泉観光地としてにぎわう草津のもう一つの側面を伝える、大変重要な施設です。

湯之澤集落と草津の歴史

古くから草津の湯は皮膚病に効果があると伝えられ、多くの湯治客が訪れてきました。明治期に入ると、ハンセン病の湯治客も増え、草津温泉の東のはずれに「湯之澤集落」と呼ばれる居住地区が形成されました。この集落は1887(明治20)年から約55年間にわたり存在し、一時は約800人が暮らす“自由療養村”として機能していました。

1916(大正5)年には、英国人女性宣教師コンウォール・リーによって聖バルナバ病院が開設され、温泉療養と医療を併せ持つ地域として全国から多くの患者が集まりました。集落では旅館や飲食店、質屋などを営む人もおり、独自の社会を築いていたのです。

栗生楽泉園の開設

しかし、隔離政策の強化に伴い、湯之澤集落は温泉街から約3km離れた滝尻原へ移転することとなります。こうして1932(昭和7)年に開設されたのが栗生楽泉園です。国内で2番目の国立ハンセン病療養所として誕生しましたが、当初は定床15床、職員数名という小規模な施設でした。

園内には草津町の湯畑から温泉を引湯し、自家水源も備えるなど、温泉療養の特色を持つ療養所として整備されました。療養地区と自由地区に分かれ、有資力者が自費で住宅を建てる区域も設けられるなど、他の療養所とは異なる特徴もありました。

栗生楽泉園歴史館の見どころ

2008(平成20)年に「社会交流会館」として開館した栗生楽泉園歴史館は、入所者と社会をつなぐ交流の場として設立されました。館内では、湯之澤集落の歴史や開園後の歩み、入所者の生活や作品などが展示されています。

主な展示コーナー

・栗生楽泉園の歴史

開園から現在までの年表やジオラマ、実物資料を通して園の変遷を学ぶことができます。湯畑から園内へ温泉を引いた木製の引湯管など、貴重な資料も展示されています。

・開園前(湯之澤集落)の歴史

草津に形成された自由療養村の歩みや、地域社会との関わりについて紹介されています。

・入所者の生活と作品

絵画や書道作品、日常の作業風景などから、厳しい状況の中でも文化活動や創作に励んだ姿を知ることができます。

見学案内

開館時間は9:30~16:00(最終入館15:30)。月曜日(祝日の場合は翌日)および年末年始は休館です。入館は無料で、団体(5名以上)は事前予約が必要となります。なお、園内の通り抜けはできないため、歴史館と後述の重監房資料館を見学する際は一度正門から国道へ戻る必要があります。

重監房資料館 ― 人権を考える場所

栗生楽泉園に隣接する重監房資料館は、かつて園内に存在した「特別病室(通称:重監房)」に関する資料を展示する施設です。2014(平成26)年に開館し、ハンセン病問題と人権について学ぶ場として整備されました。

重監房は1938(昭和13)年から1947(昭和22)年まで存在した懲罰施設で、正式な裁判を経ずに収監されるなど、厳しい環境下で多くの入所者が苦しみました。資料館では原寸大復元模型や発掘資料を通して、その実態を伝えています。

この施設は、差別や偏見の歴史を振り返り、命の大切さを学ぶための大切な学習の場です。二つの資料館をあわせて見学することで、より深い理解につながります。

ハンセン病について

ハンセン病は慢性感染症ですが、感染力は弱く、現在では治療法が確立されています。かつては不治の病と恐れられ、隔離政策が長く続きましたが、1996(平成8)年に「らい予防法」は廃止されました。歴史館と資料館は、その過去を正しく伝え、偏見の解消を目指す役割を担っています。

交通アクセス

鉄道利用の場合はJR吾妻線長野原草津口駅から草津温泉行きバスで約25分、草津温泉バスターミナル下車後タクシー約7分、徒歩約45分です。車の場合は渋川伊香保ICから約2時間10分、上田菅平ICから約1時間50分となります。

草津観光とあわせて訪れたい学びの場

草津温泉の湯畑や温泉街を巡る観光とあわせて、栗生楽泉園歴史館と重監房資料館を訪れることで、草津の歴史をより立体的に理解することができます。美しい自然と温泉文化の陰にあった歴史を知ることは、旅をより深いものにしてくれるでしょう。

Information

名称
栗生楽泉園歴史館

草津・四万

群馬県