群馬県吾妻郡東吾妻町に位置する箱島湧水は、環境省の「名水百選」に選ばれた清らかな湧水です。町内の大字箱島にある箱島不動尊(箱島不動堂)の境内脇、樹齢400~500年ともいわれる「不動尊の大杉」の根元から、こんこんと湧き出しています。
日量およそ3万トンという豊富な湧出量を誇り、一年を通して安定した水量を保っているのが大きな特徴です。澄みきった水は、見る者の心まで洗い流してくれるような清冽さをたたえ、四季折々の自然と調和した美しい景観を生み出しています。
湧水は大杉の根元から流れ出たのち、高さ約12メートル、幅約7メートルの「山雀(やまがら)の瀑」と呼ばれる滝となって落下します。岩肌を伝いながら流れ落ちる水の音は心地よく、周囲の静かな森に響きわたります。
伝説では、この水は榛名湖とつながっていると語られてきました。しかし実際には、山に降った雨水が火山灰層へ浸透し、長い年月をかけてろ過されたのち湧き出しているものです。自然の地層が生み出す天然の浄化装置によって、澄明な名水が育まれているのです。
箱島湧水には、榛名湖と結びついた悲しくも神秘的な伝説が残されています。かつて原町の善導寺に第二世・円光上人という僧がいました。そこへ怨敵に追われた母「北の方」が訪ねてきますが、円光上人は事情を知らぬまま別れを告げてしまいます。
その後、「北の方」は榛名湖へ向かい、侍女とともに入水したと伝えられています。やがて榛名湖には大蛇が棲むという噂が広まり、人々はそれを「北の方」の化身と考えるようになりました。
供養のため位牌を榛名湖へ沈めたところ、なんとその位牌が箱島の湧水から現れたといわれています。この位牌は現在も箱島不動尊に納められ、伝説は今なお語り継がれています。
箱島湧水は観光資源としてだけでなく、地域の生活を支える大切な水源でもあります。湧き出た水は鳴沢川となり、町内の飲料水、農業用水、養鱒場の水、さらには群馬県水産試験場の用水として活用されています。
また、湧水をボトリングしたミネラルウォーターや、この水を仕込み水として使用した日本酒も販売されており、名水の恵みを味覚としても楽しむことができます。
明治時代には、この豊富な水量を活かした水力発電も行われていました。1910年には箱島発電所が運転を開始し、地域の電力供給を担いました。その後、第二発電所も建設され、最大454キロワットの電力を生み出していました。
一度は老朽化により廃止されましたが、近年では小水力発電事業として再び活用が進められ、自然エネルギーの拠点として新たな役割を果たしています。名水は時代を超えて、さまざまな形で地域を支え続けているのです。
下流の鳴沢川周辺はホタルの生息地としても知られています。6月から7月下旬にかけて、夜になると幻想的な光が川辺を彩ります。地元住民による清掃活動が続けられており、美しい自然環境が守られています。
春の新緑、夏の涼やかな清流、秋の紅葉、そして冬の静寂と、訪れる季節ごとに異なる魅力を楽しめるのも箱島湧水の魅力です。
JR吾妻線「小野上駅」から徒歩約30分。群馬県道35号渋川東吾妻線から700メートルほど進んだ場所に駐車場があり、そこから徒歩約200メートルで到着します。
なお、周辺では熊の目撃情報もありますので、訪問の際には熊鈴を携帯するなど十分な安全対策をおすすめします。
樹齢数百年の大杉の根元から湧き出す清水、滝となって流れ落ちる美しい景観、そして榛名湖と結びつく神秘的な伝説。箱島湧水は、自然・歴史・文化が融合した東吾妻町を代表する観光名所です。
清らかな水音に耳を澄ませながら、悠久の時が育んだ名水の恵みを体感してみてはいかがでしょうか。きっと、心身ともに癒されるひとときを過ごすことができるでしょう。