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伊香保神社

(いかほ じんじゃ)

伊香保神社は、群馬県渋川市に位置する神社で、伊香保温泉を守護する存在として古くから信仰を集めています。この神社は、式内社(名神大社)であり、旧社格は県社兼郷社です。また、上野国三宮とされ、「伊加保神社」とも表記されることがあります。かつては、三宮神社(北群馬郡吉岡町大久保)が本宮だったとも伝えられています。

祭神とその由来

伊香保神社の主祭神として祀られているのは、大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の二座です。これらの神々は、温泉と医療の神として広く知られており、伊香保温泉の守護神としての役割を果たしています。

ただし、伊香保神社が現在の温泉地に移転する以前には、「いかほ」(榛名山も含むこの地域の旧称)の山々を山岳信仰の場とした「いかつほの神」一座が祭神であったとされています。また、別の説では、三宮神社の祭神が十一面観音であるとする考えもあります。

伊香保神社の歴史

伊香保神社の由緒によれば、現在の温泉街内にある神社は、825年(天長2年)に創建されたとされています。一方、旧本社とされる三宮神社は、750年(天平勝宝2年)に創祀されたと伝えられています。

伊香保神社が文献に初めて登場するのは、『続日本後紀』の835年(承和2年)9月の記事であり、この時点で名神に列せられています。その後、880年(元慶4年)5月25日には赤城神社と並び、従四位上に昇格しました。

延喜式には「群馬郡 井加保神社 名神大」と記載されており、名神大社としての地位を確立しました。「上野国交替実録帳」によれば、正一位を授けられており、上野国三宮とされています。しかし、中世以降、後援していた豪族が衰退したため、神社の勢いも次第に衰えていきました。

山岳信仰から温泉の守護神へ

伊香保神社は、もともと現在の温泉街ではなく、山岳信仰の場として里宮に位置していました。尾崎喜左雄氏の研究によれば、初期には現在の三宮神社が伊香保神社の里宮として鎮座しており、豪族・有馬氏(阿利真公)が祭祀を行っていたとされています。

その後、平安時代以降に現在の温泉街へと移転し、温泉の守護神としての役割を果たすようになりました。近世に入ると、神社の社号は「温泉神社」と称されましたが、1873年(明治6年)には再び「伊香保神社」に戻されました。

社殿の再建と現況

伊香保神社の社殿は、1878年(明治11年)に火災により全焼しましたが、1884年(明治17年)に現在の社殿(仮宮)が再建されました。この再建の際、消失した摂社の温泉神社(もと医王寺の薬師堂)も合祀され、その跡地に再建されました。

境内とその魅力

伊香保神社は、長さ300メートル、360段の伊香保温泉の石段街の最上部に位置しています。この石段を登りきった先に神社があり、参拝者にとっては特別な場所となっています。

関連する神社

伊香保神社には関連する神社がいくつか存在します。特に、三宮神社(里宮)や若伊香保神社は、伊香保神社との深い関係が指摘されています。三宮神社は、かつて山岳信仰時代の本宮であり、上野国三宮として知られています。また、若伊香保神社は、尾崎喜左雄氏の説によれば、伊香保神社が現在の温泉街に移転した際に、旧地に残された社であるとされています。

Information

名称
伊香保神社
(いかほ じんじゃ)

渋川・伊香保

群馬県