伊香保神社は、群馬県渋川市の伊香保温泉街に鎮座する歴史ある神社で、古くから伊香保温泉を守護する神社として広く知られています。延喜式神名帳に記載された格式の高い神社であり、式内社(名神大社)に列する由緒ある神社です。旧社格は県社兼郷社で、上野国における重要な神社のひとつとして上野国三宮にも数えられています。
伊香保神社は、温泉街の象徴ともいえる石段街の最上段に位置しています。石段を登りきった先に静かに佇む神社は、まるで伊香保温泉を見守るかのような存在であり、観光客や参拝者にとって特別な場所となっています。
また、この神社は「伊加保神社」と表記されることもあり、古くから地域の人々の信仰を集めてきました。現在の伊香保神社が鎮座する場所は温泉街の中心ですが、かつては現在の三宮神社(北群馬郡吉岡町大久保)が本宮であったという説も伝えられています※1。
「伊香保」という地名は非常に古く、日本最古の歌集である『万葉集』の東歌にも詠まれています。古代にはこの地域を「厳つ峰(いかつほ)」や「雷の峰(いかつちのほ)」と呼んだとされ、現在の榛名山、特に水沢山を指す言葉であったと考えられています。
このことから、伊香保神社はもともと山岳信仰と深く関係していた神社であり、当初は現在地ではなく、山を信仰対象とする別の場所に鎮座していた可能性が高いと考えられています※2。
現在、伊香保神社の主祭神として祀られているのは、次の二柱の神様です。
大己貴命は、日本神話において国づくりを行った神として知られ、縁結び・医療・農業など幅広いご利益をもたらす神様です。
少彦名命は、大己貴命とともに国づくりを助けた神であり、特に医療・薬・温泉の神として信仰されています。
この二柱の神は、伊香保温泉の守護神として祀られており、温泉、医療、商売繁盛、健康、縁結び、子宝など多くのご利益があるとされています。現在の祭神は、伊香保神社が温泉街へ移転した後に祀られるようになったと考えられています。
また、伊香保神社が名神大社に列せられた日が835年(承和2年)9月19日であったことから、現在でも毎年9月19日に例大祭が行われています※3。
伊香保神社が現在の温泉地へ移転する以前は、榛名山周辺の山々を信仰対象とした「いかつほの神」という山岳信仰の神が祀られていたと考えられています。
また別の説では、三宮神社の祭神をもとに十一面観音が祀られていた可能性も指摘されています※4。
伊香保神社の由緒によると、現在の温泉街にある神社は825年(天長2年)に創建されたとされています。一方で、旧本社とされる三宮神社は750年(天平勝宝2年)に創祀されたと伝えられています※5。
伊香保神社が文献に初めて登場するのは、六国史のひとつである『続日本後紀』の835年(承和2年)9月の記事です。このとき伊香保神社は、特に格式の高い神社である名神大社に列せられました※3。
その後、神階は次第に昇格し、839年(承和6年)には従五位下、880年(元慶4年)には赤城神社と並び従四位上の神階を授けられました※6。
平安時代の法典である『延喜式』には、「群馬郡 井加保神社 名神大」と記載されており、伊香保神社が名神大社として重要な地位を持っていたことが分かります。
さらに『上野国交替実録帳』によると、伊香保神社は正一位の神階を与えられており、上野国における重要な神社である上野国三宮とされています※7。
しかし中世以降、神社を支援していた豪族の勢力が衰退したため、神社の勢いも次第に弱まっていきました。
研究者である尾崎喜左雄氏の研究によると、伊香保神社は当初現在地ではなく、山岳信仰の場として別の場所に鎮座していたとされています※8。
当時は現在の三宮神社の場所が里宮であり、この地域の豪族である有馬氏(阿利真公)が祭祀を行っていました。また、渋川市有馬にある若伊香保神社付近が最初の鎮座地であったという説もあります。
その後、平安時代以降に伊香保温泉街へ移転し、温泉の発展とともに温泉の守護神として信仰されるようになりました。
江戸時代には神社の名称が温泉神社と呼ばれる時期もあり、別当寺として温泉寺が管理していました。
明治維新後の1873年(明治6年)には、社号が再び伊香保神社へ戻され、同年9月19日に県社兼郷社となりました。
伊香保神社の社殿は1878年(明治11年)の火災により全焼しました。しかしその後、1884年(明治17年)に現在の社殿が再建されました。
再建の際には、同時に焼失していた摂社の温泉神社(旧医王寺薬師堂)も合祀され、その跡地に社殿が建てられています※9。
伊香保神社は、伊香保温泉のシンボルともいえる石段街の最上部に位置しています。石段は全長約300メートル、360段ほどあり、温泉街の中心を貫く参道となっています。
この石段を登りきった先に神社があり、参拝者にとっては達成感とともに神聖な雰囲気を味わえる特別な場所となっています※1。
1889年(明治22年)7月には、皇族の常宮昌子内親王が伊香保神社を訪れ、社殿前に二本の松を手植えしました。その記念碑は現在も境内に残されており、神社の歴史を伝える貴重な史跡となっています※2。
また宝物として、昌子内親王から下賜された銀の鈴や京人形、さらに有栖川宮威仁親王の筆による神額などが伝えられています。
三宮神社は、伊香保神社の里宮とされる神社であり、山岳信仰時代の本宮であったと伝えられています。現在も上野国三宮として知られています。
若伊香保神社は、伊香保神社が温泉街へ移転した際に旧地に残された神社であるとする説があります。尾崎喜左雄氏の研究でも、この神社が伊香保信仰の古い姿を伝える存在として紹介されています※8。
伊香保神社は、古代の山岳信仰から始まり、温泉文化とともに発展してきた歴史と信仰の深い神社です。石段街の最上部に鎮座するその姿は、まさに伊香保温泉を守る象徴ともいえる存在です。
温泉観光とともに、歴史ある神社を訪れることで、伊香保の文化や信仰の背景をより深く感じることができるでしょう。